2010年09月07日
『エンジェルカップ』最終日 特別試合
以下のSSはレッスルエンジェルスの世界観や、サイト連動イベント参加者による設定、キャラクターを参考に描かれていますが、内容についてはHIGE個人の創作となります。必ずしも公式設定や各参加サイトの設定、ファンの皆様一人一人の世界観に沿う内容ではない場合がありますことを予めご了承願います。
++ ++ ++ ++ ++
「これで終わりじゃ私たち納得いきません!」
「あいつらと決着つけさせてくれよ!」
リングの上でマイクを握り、観客と実行委員席に向けて上戸と内田が訴える。
制限時間一杯まで戦い抜いてタッグリーグ優勝の栄誉を手に入れた二人がマイクを取ったのは、優勝した喜びではなく悔しさを伝えるためだった。
せめて最後の試合できっちり勝てれば割り切れたのかもしれない。
たとえ優勝しても誰かに借りが残る。リーグ戦とはそう言うものだ。
とはいえ優勝の2文字を2チームが背負い、どちらも相手チームとの試合に納得していないとなると話が違ってくる。
ステージの方から歓声が上がり、越後と永原がエントランスに姿を現した。
歓声を受けながら、治療のあとも生々しい二人がリングへと花道を進んでいく。
実行委員席から男が一人立ち上がると、マイクを片手に花道によじ登った。
リング近くまで来た越後と永原に向けて掌を突きつけ、
「タッグリーグは同点、直接対決の結果に差がないので2チームとも優勝。どっちも賞金と副賞をゲットできる。こっちのチームはこの裁定に不満があるみたいだけど、そちらはどうかな?」
つらつらと現状を告げて越後にマイクを向けた。
「裁定にも優勝の栄誉にも不満はありません」
越後の答えに賛否の声が上がる。
「ですが、優勝チームは一つでいいと思います」
おお! と歓声を呼ぶ一言に頷いた男は、一歩下がっていた永原の方にマイクを向ける。
振ってこられると思っていなかった永原は、大観衆の期待に満ちた視線を受けてひとしきりキョドると、
「ジャ、ジャ、ジャーマンが勝ちますっ!」
よくわからないがやってやるという気迫だけは伝わる一言で笑いと拍手を引き出した。
男は上戸と内田の方を見る。二人はそれぞれ、
「越後さんに同感です。本当の優勝チームは私たちだけでいい」
「フフン、教えてやるぜ。アタシらの方がツエーってことをよ!」
戦いへの意思を示した台詞を告げて歓声を浴びた。
「そういうことになりました! みなさーん、彼女たちの決着を見たいですかー!」
わあっと大きな声が上がり、男はニヤリと笑って頷く。
「どっちもボロボロだけど、10分間の休憩をとってから、恨みっこなしの30分1本勝負。負けたら潔く優勝を譲る。異存は?」
四人が頷いて異存のないことを伝えた。
「それでは今から10分の休憩のあと、タッグリーグ優勝チーム決定戦を行います! トイレに行くなら今のうちだよ!」
まさに青天の霹靂。
メインイベントを前にしたタイミングで、タッグリーグの総決算となる試合が行われることになった。
『エンジェルカップ』最終戦 特別試合:タッグリーグ優勝チーム決定戦
越後しのぶ(龍刃道場)vsマッキー上戸(闘京女子プロレス)
永原ちづる(龍刃道場) ラッキー内田(闘京女子プロレス)
++ ++ ++ ++ ++
「これで終わりじゃ私たち納得いきません!」
「あいつらと決着つけさせてくれよ!」
リングの上でマイクを握り、観客と実行委員席に向けて上戸と内田が訴える。
制限時間一杯まで戦い抜いてタッグリーグ優勝の栄誉を手に入れた二人がマイクを取ったのは、優勝した喜びではなく悔しさを伝えるためだった。
せめて最後の試合できっちり勝てれば割り切れたのかもしれない。
たとえ優勝しても誰かに借りが残る。リーグ戦とはそう言うものだ。
とはいえ優勝の2文字を2チームが背負い、どちらも相手チームとの試合に納得していないとなると話が違ってくる。
ステージの方から歓声が上がり、越後と永原がエントランスに姿を現した。
歓声を受けながら、治療のあとも生々しい二人がリングへと花道を進んでいく。
実行委員席から男が一人立ち上がると、マイクを片手に花道によじ登った。
リング近くまで来た越後と永原に向けて掌を突きつけ、
「タッグリーグは同点、直接対決の結果に差がないので2チームとも優勝。どっちも賞金と副賞をゲットできる。こっちのチームはこの裁定に不満があるみたいだけど、そちらはどうかな?」
つらつらと現状を告げて越後にマイクを向けた。
「裁定にも優勝の栄誉にも不満はありません」
越後の答えに賛否の声が上がる。
「ですが、優勝チームは一つでいいと思います」
おお! と歓声を呼ぶ一言に頷いた男は、一歩下がっていた永原の方にマイクを向ける。
振ってこられると思っていなかった永原は、大観衆の期待に満ちた視線を受けてひとしきりキョドると、
「ジャ、ジャ、ジャーマンが勝ちますっ!」
よくわからないがやってやるという気迫だけは伝わる一言で笑いと拍手を引き出した。
男は上戸と内田の方を見る。二人はそれぞれ、
「越後さんに同感です。本当の優勝チームは私たちだけでいい」
「フフン、教えてやるぜ。アタシらの方がツエーってことをよ!」
戦いへの意思を示した台詞を告げて歓声を浴びた。
「そういうことになりました! みなさーん、彼女たちの決着を見たいですかー!」
わあっと大きな声が上がり、男はニヤリと笑って頷く。
「どっちもボロボロだけど、10分間の休憩をとってから、恨みっこなしの30分1本勝負。負けたら潔く優勝を譲る。異存は?」
四人が頷いて異存のないことを伝えた。
「それでは今から10分の休憩のあと、タッグリーグ優勝チーム決定戦を行います! トイレに行くなら今のうちだよ!」
まさに青天の霹靂。
メインイベントを前にしたタイミングで、タッグリーグの総決算となる試合が行われることになった。
『エンジェルカップ』最終戦 特別試合:タッグリーグ優勝チーム決定戦
越後しのぶ(龍刃道場)vsマッキー上戸(闘京女子プロレス)
永原ちづる(龍刃道場) ラッキー内田(闘京女子プロレス)
リング上の誰もが10分をこれほど短く感じたことはなかった。
息を整えて身体を休め、やるべきことを確認していると、あっという間に休憩時間は終わっていた。
観客にとっては 「どちらが勝つか」 を討論しあう楽しいひと時だったろう。
二組の優勝チームは、会場を包む熱気を肌で感じながら試合開始のゴングを待つ。
越後と永原サイドのコーナーでは、迷わず越後が先発に出ていた。今日二試合目であっても、頭に巻いたトレードマークの鉢巻が血の滲む包帯に変わっても、越後のやるべきことに変わりはない。
越後が敵の攻撃を受け止め、永原の攻撃で敵を打ち破る。駆け引きなど、このチームには必要ないのだ。
対する闘京女子の二人は、内田が先発する。越後が永原の攻撃力に賭けるように、上戸の爆発力を温存した――という面もあるにはあったが、真の狙いは別にあった。
ゴングが鳴ってすぐ、内田が仕掛けた。
リングの真ん中で力比べを誘う構えから、乗ってこようとした越後に突然浴びせ蹴りを放ったのだ。
これをとっさに十字受けで止めた越後の防御力も計算ずみ。逆さまの状態から本命の足を捕えてグラウンドに引きずり込むと、いきなり膝十字固めを極めていった。
「りょっ……越後さん!」
開始直後に極まった関節技に慌ててカットに入ろうとした永原を、
「させるかよっ!」
上戸が駆け込んでのラリアットで一緒に場外に落ちてカットする。
作戦通りの奇襲成功にも内田は気を弛めない。
(ここが勝負どころ!)
フルタイムを戦ったばかりの上戸と内田に残された体力は少ない。
内田の選んだ作戦は、タッグのスタイルも相まってダメージが深い越後を一気に仕留める短期決戦だった。
越後はロープの遠い場所で極められても焦らず、靭帯が伸びきらないよう巧みにポイントをずらしてディフェンスしながら脱出を試みる。
じわじわと粘り強くロックを外され逃げられそうになった内田は、足首に持ち替えてヒールホールドに移行。
移行のタイミングで防ぎやすいポジションをとった越後は半ば身体を起こして防御する。
地道な練習により身に付けた防護法、しなやかな筋肉と柔軟な対応、決して折れることのない心。
鉄壁の防御とはよく言ったものだ。
とりたててグラウンドが得意でないはずの越後だが、防御だけで言えばこれほど極めにくい相手もいない。
(それでも!)
振りほどかれそうになった内田は足首を極めながら横に回転し、立ち上がりかけていた越後をうつ伏せに倒しつつ立ち上がった。
スタンディングのアンクルホールドで足首を捻りあげる。
足関節技の波状攻撃に会場が大きく沸いた。試合開始3分を待たずして必死の越後コールが巻き起こる。
越後は身体を丸めて足首を捻る力に抗しながら、内田の足をとって引き倒そうとする。
察知した内田は足を上げてかわすと、越後の足を極めながら背中にまたがった。腰を落とすなり左足も捕えて交差させ、必殺のテキサスクローバーホールドの形で絞り上げる。
ついに手応えのある極まり方で捕えることに成功した内田は、
(これで決まって……!)
渾身の力を込めながら強く念じ、短い休憩の間に蓄えた力を使い果たさんばかりに締めあげた。
テキサスクローバーが完全に極まってしまっては、ディフェンスする術はもはやない。耐えるだけの体力など残っていない。ロープは遠すぎて掴めない。
しかし、越後は諦めない。
「まだ……まだぁ……!」
足を極められ、内田を乗せた状態でロープへと傷だらけの身体を近づけた。
巨大ヴィジョンの映像が場外に切り替わり、永原と上戸が激しくやりあっているのが映った。
「ぶっ倒れろっ!」
上戸のラリアットをモロに食らいながら、永原は一歩たりとも下がらずに踏み止まる。
(――悠里のラリアットにくらべたら!)
「んぐぐ……効っかなーいっ!」
吼えると上戸のバックに回り込む。
「食らうもんかよ!」
バックをとられることだけ警戒するよう内田に言われていた上戸は、クラッチされる前にバックを取り返す。
「ジャーマンはお前の専売特許じゃねーんだっ!」
持ち上がりかけた身体を、永原が足をばたつかせてブロックする。
降りたところで永原は振り向いて上戸と向かい合う。
(また打撃の応酬か。なら、こいつでどうだ!)
上戸がぎゅうと握った拳を振るう。反則のナックルパートが空を切る。
「やあーっ!」
「うおっ!?」
バックの取り合いを始めたときからジャーマン以外に選択肢のなかった永原は、バックをとるなり高速ジャーマンで上戸を硬い場外マットに投げっぱなした。
「越後さん!」
リングに飛び込んだ永原の声を聞き、越後は脂汗と血の流れる凄絶な顔で笑う。
「遅刻だぞ……永原」
(――極めきれなかったか)
カットされる前に潔く足のロックを外した内田は、右手で額の汗を拭いながら立ち上がろうとして、足がもつれて片膝をついた。
「行け、永原!」
「いっきます!」
動けない越後の横を走り抜けた永原は内田へと掴みかかる。
バックに回られた内田はクラッチされる前に、身体を屈めて足を獲りにいく。
内田が足を捕えた――にも関わらず、永原はクラッチするなりジャーマンを敢行する。
「いっけーっ!」
「ちょっ……!」
足を掴んだ手が引き剥がされ、内田は強引極まるジャーマンで投げ飛ばされた。
マットの上を跳ねた内田は、受け身をとって即座に立ち上がる。
(こうなれば永原にできるだけダメージを与えて上戸に繋ぐ!)
歓声が巻き起こる中、内田はロープの力を借りて勢いをつけ、永原にフライングニールキックを浴びせる。
永原は回転蹴りをノーガードで食らいながらガッチリと腰をクラッチした。
「そんなっ!?」
「とりゃあーっ!」
ジャーマンスープレックスがまたしても弧を描いた。
永原のジャーマンへのこだわりは内田の常識を超えていた。
とっさに受け身を取ったが立ち上がれない。コーナー際で大の字に倒れたまま眩いライトを仰ぐ。
ここまでか。
そう思った内田を、ぬっと影が覆った。
「一人で闘ってんじゃねーぞ、内田」
大きな手が伸びて内田の掌をバンと叩く。
「……そう、だったわね、ゴメン。上戸」
タッチを受けたマッキー上戸がロープをまたいでリングに入る。
「何か作戦があんなら、聞いとくぜ」
ボキボキと拳を鳴らした上戸は、
「お願い――勝ってきて」
「まかせとけ」
内田の言葉を受け、獰猛な笑みを浮かべて足を踏み出した。
対角線のコーナーに身体を引きずって戻った越後は、永原とタッチを交わした。
汗で滲んだ視界に内田と上戸を見る。知恵と力を持つ水と油の二人が、互いに信頼し、力を合わせて勝利を目指している。
前に戦った時とはまるで別のチームだ。きっと彼女らは名タッグと呼ばれることになるだろう。
(だがそれは、今じゃあない……!)
「永原! 決めてこい!」
「はいっ永原、いっきまーす!」
上戸と永原がリング中央でがっちりと組み合う。
どちらも満身創痍だが、燃える目にも身体にも力がみなぎっていた。
圧し掛かる力をいなし、永原がバックへと回り込む。
(ようくわかったぜ、お前はそれしか狙わないんだろ!)
体力の限界が近いとは思えないスピードだったが、バックに回られる以外の可能性をスッパリと捨てた上戸は身体を反転させて対応する。
正面に向き合った状態で力一杯ハンマーブローを落すと、背中を打たれた永原は両膝をついた。
「食らい……」
腰をむんずと掴んだ上戸はぐんっと頭の上まで永原を持ち上げて、
「やがれッ!」
渾身のパワーボムで豪快に叩きつけた。
「くっ、永原!」
カットに飛び出そうとした越後はロープをまたげずにつまづいた。右足の感覚がない。
上戸が圧し掛かってエビに固める。フォールカウントが2を数える。
越後は血の混じる叫びを上げた。
「ジャーマンが勝つんだろッ! 立てぇッ! 永原ぁーッ!」
カウント2.9で肩を上げ、大歓声を聞いてなお、永原は自分がどこで何をしているかわかっていなかった。
(ああ……寮長が怒ってる……はやく、立たないと)
朦朧とした意識のまま、永原は立ち上がる。
(立って……練習しないと――)
「ちっくしょ……なんてタフなヤローだよ……」
力を出し尽くした一撃を返された。いつもならもう一発と言わず何度でもエンドレスに叩き付けるところだが、今の上戸には無理だった。
永原は立ち上がりつつも目の焦点が合っていない。にも関わらず、永原は上戸のバックをとりに来た。
「んの……バッカヤローがァー!」
この期に及んで同じ手でくる馬鹿野郎のバックを取り返す。
上戸の背後を求める両手を胴体とひと括りに掴み、残った力をすべて掻き集めて持ち上げた。
「お前の言う通り……ジャーマンで勝ってやらあーッ!」
だるま式ジャーマンスープレックスが力強い弾道を描き、轟音を立ててマットに着弾した。
越後が這うようにしてリングに出た時すでに、内田は目の前へと肉薄していた。
相棒の勝利を確信したようにリングの戦いに背を向けて駆け抜けた。
作戦などない。理屈ではない。
勝ってと頼んだ。まかせろと言った。
それを信じた。
(――それだけのこと!)
いつもクレバーであらんとする内田が、
「邪魔は……させないっ!」
技もなにもなく越後ともつれあって場外に転げ落ちた。
満場の観客が一体となって数えたカウントは、2.9で止まって耳鳴りのする重低音ストンピングに変わった。
「まさか……返されたの……!?」
リング下で越後とつかみ合ったまま、信じられない面持ちで内田は呟く。
「……来てくれて助かった」
越後のかすれた声が聞こえた。指が食い込むほど腕を掴まれた。
「どうやってそちらまで行こうかと、考えてたんだ」
「な……んで返せんだよ……ち……くしょー……」
膝が揺れてブリッジが多少崩れた。だからと言ってこんな死にぞこないに返せるはずなどない手応えだった。
割れんばかりの上戸コールと永原コールが響いている。
荒い息をついていた口が、ぎゅうと一文字に引き結ばれる。
(一発でダメなら……もう一発ぶち込むだけだ……ぜえッ!)
軋む身体を起こして中腰になった上戸は、フラフラと立ち上がった永原を見た瞬間、ひゅっと風を切って背後をとられるのを感じた。
「バッ……!」
馬鹿な、と思った時にはもう遅かった。
そう、馬鹿なのだ。永原はジャーマン馬鹿なのだ。
何千回となく何万回となくたったひとつ延々と繰り返してきた動きを、意識のない身体が馬鹿正直に再現した。
腰をクラッチした腕に力が篭る。膝が腰が背筋がしなって下弦の月となる。マットに上戸をまっ逆さまに突き刺した衝撃にぶれることなく、鍛え上げられた首と爪先が見事に架かった人間橋を支えてのける。
「上戸ッ……!」
必死に越後を振りほどいた内田がサードロープに手をかける。足をしつこく掴まれる。
汗みずくの顔で振り返り、足にすがりつく越後を蹴ろうとして――あの時の感触が足裏に甦って一瞬躊躇した。
その隙を見逃さず、越後が両腕でしっかりと足を抱えて捕まえた。
八千人の大合唱がカウント3に到達する。
大歓声とゴングと永原のテーマ曲がハーモニーとなり、ジャーマンの勝利を高らかに歌い上げた。
越後しのぶ( 7分59秒 )マッキー上戸×
○永原ちづる(ジャーマンスープレックスホールド)ラッキー内田
息を整えて身体を休め、やるべきことを確認していると、あっという間に休憩時間は終わっていた。
観客にとっては 「どちらが勝つか」 を討論しあう楽しいひと時だったろう。
二組の優勝チームは、会場を包む熱気を肌で感じながら試合開始のゴングを待つ。
越後と永原サイドのコーナーでは、迷わず越後が先発に出ていた。今日二試合目であっても、頭に巻いたトレードマークの鉢巻が血の滲む包帯に変わっても、越後のやるべきことに変わりはない。
越後が敵の攻撃を受け止め、永原の攻撃で敵を打ち破る。駆け引きなど、このチームには必要ないのだ。
対する闘京女子の二人は、内田が先発する。越後が永原の攻撃力に賭けるように、上戸の爆発力を温存した――という面もあるにはあったが、真の狙いは別にあった。
ゴングが鳴ってすぐ、内田が仕掛けた。
リングの真ん中で力比べを誘う構えから、乗ってこようとした越後に突然浴びせ蹴りを放ったのだ。
これをとっさに十字受けで止めた越後の防御力も計算ずみ。逆さまの状態から本命の足を捕えてグラウンドに引きずり込むと、いきなり膝十字固めを極めていった。
「りょっ……越後さん!」
開始直後に極まった関節技に慌ててカットに入ろうとした永原を、
「させるかよっ!」
上戸が駆け込んでのラリアットで一緒に場外に落ちてカットする。
作戦通りの奇襲成功にも内田は気を弛めない。
(ここが勝負どころ!)
フルタイムを戦ったばかりの上戸と内田に残された体力は少ない。
内田の選んだ作戦は、タッグのスタイルも相まってダメージが深い越後を一気に仕留める短期決戦だった。
越後はロープの遠い場所で極められても焦らず、靭帯が伸びきらないよう巧みにポイントをずらしてディフェンスしながら脱出を試みる。
じわじわと粘り強くロックを外され逃げられそうになった内田は、足首に持ち替えてヒールホールドに移行。
移行のタイミングで防ぎやすいポジションをとった越後は半ば身体を起こして防御する。
地道な練習により身に付けた防護法、しなやかな筋肉と柔軟な対応、決して折れることのない心。
鉄壁の防御とはよく言ったものだ。
とりたててグラウンドが得意でないはずの越後だが、防御だけで言えばこれほど極めにくい相手もいない。
(それでも!)
振りほどかれそうになった内田は足首を極めながら横に回転し、立ち上がりかけていた越後をうつ伏せに倒しつつ立ち上がった。
スタンディングのアンクルホールドで足首を捻りあげる。
足関節技の波状攻撃に会場が大きく沸いた。試合開始3分を待たずして必死の越後コールが巻き起こる。
越後は身体を丸めて足首を捻る力に抗しながら、内田の足をとって引き倒そうとする。
察知した内田は足を上げてかわすと、越後の足を極めながら背中にまたがった。腰を落とすなり左足も捕えて交差させ、必殺のテキサスクローバーホールドの形で絞り上げる。
ついに手応えのある極まり方で捕えることに成功した内田は、
(これで決まって……!)
渾身の力を込めながら強く念じ、短い休憩の間に蓄えた力を使い果たさんばかりに締めあげた。
テキサスクローバーが完全に極まってしまっては、ディフェンスする術はもはやない。耐えるだけの体力など残っていない。ロープは遠すぎて掴めない。
しかし、越後は諦めない。
「まだ……まだぁ……!」
足を極められ、内田を乗せた状態でロープへと傷だらけの身体を近づけた。
巨大ヴィジョンの映像が場外に切り替わり、永原と上戸が激しくやりあっているのが映った。
「ぶっ倒れろっ!」
上戸のラリアットをモロに食らいながら、永原は一歩たりとも下がらずに踏み止まる。
(――悠里のラリアットにくらべたら!)
「んぐぐ……効っかなーいっ!」
吼えると上戸のバックに回り込む。
「食らうもんかよ!」
バックをとられることだけ警戒するよう内田に言われていた上戸は、クラッチされる前にバックを取り返す。
「ジャーマンはお前の専売特許じゃねーんだっ!」
持ち上がりかけた身体を、永原が足をばたつかせてブロックする。
降りたところで永原は振り向いて上戸と向かい合う。
(また打撃の応酬か。なら、こいつでどうだ!)
上戸がぎゅうと握った拳を振るう。反則のナックルパートが空を切る。
「やあーっ!」
「うおっ!?」
バックの取り合いを始めたときからジャーマン以外に選択肢のなかった永原は、バックをとるなり高速ジャーマンで上戸を硬い場外マットに投げっぱなした。
「越後さん!」
リングに飛び込んだ永原の声を聞き、越後は脂汗と血の流れる凄絶な顔で笑う。
「遅刻だぞ……永原」
(――極めきれなかったか)
カットされる前に潔く足のロックを外した内田は、右手で額の汗を拭いながら立ち上がろうとして、足がもつれて片膝をついた。
「行け、永原!」
「いっきます!」
動けない越後の横を走り抜けた永原は内田へと掴みかかる。
バックに回られた内田はクラッチされる前に、身体を屈めて足を獲りにいく。
内田が足を捕えた――にも関わらず、永原はクラッチするなりジャーマンを敢行する。
「いっけーっ!」
「ちょっ……!」
足を掴んだ手が引き剥がされ、内田は強引極まるジャーマンで投げ飛ばされた。
マットの上を跳ねた内田は、受け身をとって即座に立ち上がる。
(こうなれば永原にできるだけダメージを与えて上戸に繋ぐ!)
歓声が巻き起こる中、内田はロープの力を借りて勢いをつけ、永原にフライングニールキックを浴びせる。
永原は回転蹴りをノーガードで食らいながらガッチリと腰をクラッチした。
「そんなっ!?」
「とりゃあーっ!」
ジャーマンスープレックスがまたしても弧を描いた。
永原のジャーマンへのこだわりは内田の常識を超えていた。
とっさに受け身を取ったが立ち上がれない。コーナー際で大の字に倒れたまま眩いライトを仰ぐ。
ここまでか。
そう思った内田を、ぬっと影が覆った。
「一人で闘ってんじゃねーぞ、内田」
大きな手が伸びて内田の掌をバンと叩く。
「……そう、だったわね、ゴメン。上戸」
タッチを受けたマッキー上戸がロープをまたいでリングに入る。
「何か作戦があんなら、聞いとくぜ」
ボキボキと拳を鳴らした上戸は、
「お願い――勝ってきて」
「まかせとけ」
内田の言葉を受け、獰猛な笑みを浮かべて足を踏み出した。
対角線のコーナーに身体を引きずって戻った越後は、永原とタッチを交わした。
汗で滲んだ視界に内田と上戸を見る。知恵と力を持つ水と油の二人が、互いに信頼し、力を合わせて勝利を目指している。
前に戦った時とはまるで別のチームだ。きっと彼女らは名タッグと呼ばれることになるだろう。
(だがそれは、今じゃあない……!)
「永原! 決めてこい!」
「はいっ永原、いっきまーす!」
上戸と永原がリング中央でがっちりと組み合う。
どちらも満身創痍だが、燃える目にも身体にも力がみなぎっていた。
圧し掛かる力をいなし、永原がバックへと回り込む。
(ようくわかったぜ、お前はそれしか狙わないんだろ!)
体力の限界が近いとは思えないスピードだったが、バックに回られる以外の可能性をスッパリと捨てた上戸は身体を反転させて対応する。
正面に向き合った状態で力一杯ハンマーブローを落すと、背中を打たれた永原は両膝をついた。
「食らい……」
腰をむんずと掴んだ上戸はぐんっと頭の上まで永原を持ち上げて、
「やがれッ!」
渾身のパワーボムで豪快に叩きつけた。
「くっ、永原!」
カットに飛び出そうとした越後はロープをまたげずにつまづいた。右足の感覚がない。
上戸が圧し掛かってエビに固める。フォールカウントが2を数える。
越後は血の混じる叫びを上げた。
「ジャーマンが勝つんだろッ! 立てぇッ! 永原ぁーッ!」
カウント2.9で肩を上げ、大歓声を聞いてなお、永原は自分がどこで何をしているかわかっていなかった。
(ああ……寮長が怒ってる……はやく、立たないと)
朦朧とした意識のまま、永原は立ち上がる。
(立って……練習しないと――)
「ちっくしょ……なんてタフなヤローだよ……」
力を出し尽くした一撃を返された。いつもならもう一発と言わず何度でもエンドレスに叩き付けるところだが、今の上戸には無理だった。
永原は立ち上がりつつも目の焦点が合っていない。にも関わらず、永原は上戸のバックをとりに来た。
「んの……バッカヤローがァー!」
この期に及んで同じ手でくる馬鹿野郎のバックを取り返す。
上戸の背後を求める両手を胴体とひと括りに掴み、残った力をすべて掻き集めて持ち上げた。
「お前の言う通り……ジャーマンで勝ってやらあーッ!」
だるま式ジャーマンスープレックスが力強い弾道を描き、轟音を立ててマットに着弾した。
越後が這うようにしてリングに出た時すでに、内田は目の前へと肉薄していた。
相棒の勝利を確信したようにリングの戦いに背を向けて駆け抜けた。
作戦などない。理屈ではない。
勝ってと頼んだ。まかせろと言った。
それを信じた。
(――それだけのこと!)
いつもクレバーであらんとする内田が、
「邪魔は……させないっ!」
技もなにもなく越後ともつれあって場外に転げ落ちた。
満場の観客が一体となって数えたカウントは、2.9で止まって耳鳴りのする重低音ストンピングに変わった。
「まさか……返されたの……!?」
リング下で越後とつかみ合ったまま、信じられない面持ちで内田は呟く。
「……来てくれて助かった」
越後のかすれた声が聞こえた。指が食い込むほど腕を掴まれた。
「どうやってそちらまで行こうかと、考えてたんだ」
「な……んで返せんだよ……ち……くしょー……」
膝が揺れてブリッジが多少崩れた。だからと言ってこんな死にぞこないに返せるはずなどない手応えだった。
割れんばかりの上戸コールと永原コールが響いている。
荒い息をついていた口が、ぎゅうと一文字に引き結ばれる。
(一発でダメなら……もう一発ぶち込むだけだ……ぜえッ!)
軋む身体を起こして中腰になった上戸は、フラフラと立ち上がった永原を見た瞬間、ひゅっと風を切って背後をとられるのを感じた。
「バッ……!」
馬鹿な、と思った時にはもう遅かった。
そう、馬鹿なのだ。永原はジャーマン馬鹿なのだ。
何千回となく何万回となくたったひとつ延々と繰り返してきた動きを、意識のない身体が馬鹿正直に再現した。
腰をクラッチした腕に力が篭る。膝が腰が背筋がしなって下弦の月となる。マットに上戸をまっ逆さまに突き刺した衝撃にぶれることなく、鍛え上げられた首と爪先が見事に架かった人間橋を支えてのける。
「上戸ッ……!」
必死に越後を振りほどいた内田がサードロープに手をかける。足をしつこく掴まれる。
汗みずくの顔で振り返り、足にすがりつく越後を蹴ろうとして――あの時の感触が足裏に甦って一瞬躊躇した。
その隙を見逃さず、越後が両腕でしっかりと足を抱えて捕まえた。
八千人の大合唱がカウント3に到達する。
大歓声とゴングと永原のテーマ曲がハーモニーとなり、ジャーマンの勝利を高らかに歌い上げた。
越後しのぶ( 7分59秒 )マッキー上戸×
○永原ちづる(ジャーマンスープレックスホールド)ラッキー内田
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